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2020年3月8日日曜日

会津柳津駅(只見線)

会津柳津(あいずやないづ)駅です。素敵な木造駅舎が残っていました。

待合室部分が一回り大きい、鹿瀬駅や昔の小淵沢駅とちょっとだけ似たタイプの駅舎です。

駅名標です。

東北の駅百選に選定されています。

鉄パイプ製の臨時改札ラッチが良い感じです。

待合室の壁は茶色に白線の謎のパネルが張られています。

会津川口方向です。

元々は交換駅ですが、棒線化されています。対向側のホームと線路が残っていて、ちょっと越後岩沢駅に似た雰囲気です。

紅白の丸提灯が下げられています。

国鉄タイプの駅名標です。良い感じの字体です。

向こう側のホームには観光案内の看板があります。”ようこそキハE120、ありがとうキハ40”の横断幕が掲げられていました。

良い感じの駅舎です。

こちらも国鉄タイプの門型駅名標です。

会津若松方向です。ちょっとだけ青空がのぞいています。

駅前には桜並木があります。

柳津は赤べこ発祥の地だそうです。

駅の標高は235メートルでした。国道252号線の向こう側に見える家々の更に向こう側には只見川が流れています。

東京に比べると遅めの春には、さぞかしきれいな桜が見られるのでしょう。

入母屋造りのトイレです。

なにせ列車本数が少ないので、ここから会津坂下までバスで行きます。

駅前に保存されているC11244の前にバス停がありました。

会津坂下までの所要時間は35分程でした。

2020年1月12日日曜日

只見駅(只見線)

初夏の只見駅です。駅の標高は373メートルでした。ちなみに小出駅は92メートル、途中最高地点の田子倉駅(廃止)は515メートルだそうです。

小出駅から只見駅までは1時間20分程です。まもなく到着です。

緑の中に見える赤い屋根は駅からすぐ近くにある瀧神社です。

到着しました。

新潟色のキハ40 2000番台2両編成です。

ホームから駅舎までは少し離れています。

貨物ホーム跡が残っていました。

正面の山は柴倉山(標高1276メートル)です。

いかにも昭和30年代の鉄筋コンクリート平屋建て駅舎です。

開業は1963年(昭和38年)でした。

1日の乗車人員は約20人だそうです。不通区間再開後は、もっと多くの人に利用して欲しいものです。”トランスイート四季島”が入線する姿を見てみたいと思いますが、10両編成は長すぎて無理かも知れません。4両編成の”海里”だったら大丈夫そうです。

駅西側の瀧神社に向かう踏切です。

踏切から駅舎を見たところです。

駅構内です。

機関車滞泊所に向かう線路です。

2線の矩形庫の前には転車台も残っています。

やがて3両体制になる東武鉄道のC11がオハ61-5000番台(なんだそれ?!)を牽いて乗り入れて来る事を期待しています。

キハE120が只見線に転用されるそうですが、おそらく8両すべて会津若松配置だと思うので、小出口の運用はGV-E400になってしまう気がします。2021年には南武線尻手支線に燃料電池車が走る時代です。残念ですが仕方ない事かも知れません。

駅前広場です。

折り返しまで1時間以上あるので、少し散歩してみました。瀧神社への踏切があるこの道路を真っ直ぐ進むと国道289号線です。289号線は新潟市からいわき市までの国道です。いまだに新潟県と福島県境の八十里越19.1km区間が自動車通行不能ですが、2020年代半ばには通行可能になるそうです。

こちらは只見線と並行する国道252号線を会津若松方向に向かったところです。252号線は柏崎市から会津若松市までの国道でした。

振り返って見たところです。

自動車整備工場です。

食料品店があります。

駅に戻って来ました。休止区間方向なので、レール表面はすっかり錆びていました。

遠くの山と手前の杉木立と保線用車両の組み合わせが、なぜかよい感じです。

そろそろ小出に向かって出発する時間になりました。

2019年8月12日月曜日

会津蒲生-只見(只見線)風っこ 2002年

休止区間の会津蒲生-只見間にて、もう17年も前です。あと3年位で復旧するのでしょうか。

びゅうコースター風っこは2000年の登場から19年目の今年、北海道の宗谷本線で運転されるそうです。

後追いのキハ58は上手く撮れませんでした(そっちの方が撮りたかったのですが...。)