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2020年1月14日火曜日

新前橋駅(上越線)クハ77

クハ77です。おそらく新前橋駅だと思います。70系電車に詳しいサイトを拝見させていただいた結果、ベンチレーターが四角くて1段上昇窓で偶数向きなので、クハ77004の様です。

2019年12月5日木曜日

武蔵境-東小金井(中央線)101系、201系、配給電車

武蔵境-東小金井間の踏切です。上り列車のクモニ83(クモユニ82?)です。随分遠くで撮っているのは手前の下り列車が来てしまったので、慌ててシャッターを押したからだと思います。

下り列車は201系試作編成でした。総武線に転属する前の姿です。

115系300番台新宿行きです。大目玉の0番台よりもシールドビームの300番台が出てから115系が好きになりました。ひどいアングルですが、きっと西武多摩川線の写真を撮った後のフィルム消化だったのかも知れません。

101系冷房改造車です。101系は当時まるで空気の様な存在でしたが、クハ101トップナンバーの入った付属編成がクハ101-1+モハ101-58+クモハ100-64だった事、縦樋が外付けされたクモハ100-902が格好悪いと思っていたり、クハ101-911という、ポルシェファン向けの番号があった事を覚えています。一度、10両編成の高尾寄りにクモハ100-1+クモハ101-1が繋がれていて驚いた覚えがあります。

クル29配給電車です。当時、クモニ13単行の荷物列車も良く見かけました。

こちらは両運転台なのでクモル23です。絶妙?なシャッターのタイミングでした。

  • 70系電車も165系電車もEF15もすべて記憶の彼方です。夕方に下って行く気動車急行アルプスにキハ57が混じっていた事や、最後尾にキハ58-710が連結されていた事等、断片的にいろいろ思い出してしまいます。

2019年9月15日日曜日

青梅鉄道公園(青梅線)クモハ40054

青梅鉄道公園です。

きれいに整備されて保存されていました。

2019年8月28日水曜日

長野駅(信越本線・篠ノ井線)80系電車

長野地区で撮った80系電車です。これ1枚だけです。どこの駅か覚えていませんが、仮に長野駅という事にしておきます。
80系電車といえば、湘南顔2枚窓のクハ86しか知らなかったので、クハ85を初めて見た時、その恰好悪さは衝撃的でした。幕板のZ型塗り分けが印象的です。よくぞ思いついたなぁと思う位、フィットしています。
当時は103系もそうですが、低運転台の方が格好良いと思っていました。元グリーン車のゆったりしたシートでしたが、電車自体の乗り心地がどうだったかまでは覚えていません。

2019年8月25日日曜日

小諸駅(信越本線・小海線)40年前

小諸駅です。どうしようもなくピンボケですが、貨物ホームの奥に3線式トラバーサーがありました。

2番線に停まっている70系電車です。貨物線に見える木製のトラが良い感じです。

1番線のクハ68と2番線のキハ55です。

3番線に到着した80系電車です。

これもピンボケで車体の半分しか写っていませんが、「信越線 高崎(操)-直江津間専用車」、碓氷峠用のヨ3500です。

小海線の貨物列車を牽くDD16-1です。

沼津機関区(東海道本線)1980年

二俣線に行った帰り道、車窓からです。

DE11です。
DE11-49

EF58です。
EF58-14

最初はお座敷列車かと思いましたが座席の背もたれが見えます。ナンバーが途中までしか見えませんが、スロフ62の様です。

身延線用のクハ66です。

モハ62の低屋根パンタ取り付け部分とDT20の組み合わせが良い感じです。クハはTR48です。左側には1灯ヘッドライトのEF60が僅かに写っていました。

クモハ12001です。大船工場との間の牽引車代用で配置されていたそうです。

2019年8月17日土曜日

甲府-富士(身延線)旧型国電1979年

甲府から身延線に乗った時の写真です。プリントの端に”FUJICOLOR 79”と書かれていたので、1979年で間違いないと思います。ほんの数枚の写真ですが、インターネットを見ながら振り返ってみました。

運転席窓がHゴムで上部の通風口がなく、窓下に球型通風器がついているこの車両はクモハ51828の様です。ホーム柱の手書きの文字や走って行く少年の姿が良い感じです。

こちらはクハ47106です。(次の写真に車番が写っています。)

中央本線区間運転用の前面サボが置いてありました。

3両の全低屋根クモハユニ44のうち、この車両は前面3枚窓の下端が助手席側、運転席側、中央の順に高くなっているので、クモハユニ44800の様です。

Hゴム3枚で真ん中の窓の下端が上がっているクハ47は何両も走っていた様なので、これは分かりませんでした。こちらは下部駅でしょうか。

途中、不覚にも居眠りをしてしまいました。こちらはもう富士宮辺りでしょうか。
キャンバス押さえが横一直線のこれはクハ47061で良さそうです。

富士駅に着きました。助手席側にHゴムが付いていないこちらはクハ68093の様です。

こちらはクモハ60816ではないかと思います。

2019年7月6日土曜日

成田駅(成田線)72系・113系・DD51

成田線我孫子方面行きの72系電車です。後ろの方にテルハが見えます。

 こちらは113系快速列車です。ホームは0番線になっていますが、すぐ隣は2番線になっています。3番線の向こうに旧型客車が停まっています。

こちらはカラー写真だったのですが、変色していたので白黒にしました。常磐線無線アンテナが付いています。
 DD51 686

潮来駅(鹿島線)72系電車

鹿島線潮来駅そばの常陸利根川を渡る鉄橋です。183系は当時、房総特急と共通運用だったので仕方なく?9両編成で走っていました。それ以前の急行水郷は普段、キハ28の3両編成やキハ28+キハ26 400番台(たまにキハ60101)+キハ28しか見た事がなかったので、どう考えても輸送力過剰でした。

普通列車は72系3両編成で田んぼの中の高架線や長い鉄橋を思い切り吊り掛けモーターの音を響かせながら走っていました。

潮来駅は高規格で広くて長いホームでした。

一番左の窓がHゴムで一回り小さい、クモハ73です。

こちらはクハ79300番台の初期車でしょうか。初めて鹿島線で72系を見た時、田舎とは言え、高架線の立派な駅に随分ボロい電車だなぁと思っていました。

佐原駅(成田線・鹿島線)72系電車

1976年8月のある日の光景です。銚子方から湘南色のままの113系電車が佐原駅1番線に到着です。右手の0番線に停まっているのは72系3両編成の鹿島線列車です。

 2番線には183系あやめ号が停まっています。右手に貨車移動機が写っています。

クモハ73156
モハ63改造車です。鉄道ピクトリアルのNo.684とNo.938の両方を見ているのですが、モハ63598を1953年4月に改造したとのことですが、元々の製造年は良くわかりませんでした。(モハ63500番台は1947年から49年の間に製造されたそうです。)


この車両は1977年11月に千ツヌで廃車になったそうです。よくまあ、こんな車番だけの写真を撮っていたなぁと思いますが、最近も気づくとたまに車番を撮っています。ただし、国鉄書体でない、インフレ番号の車番にはなかなか興味が湧きません。

モハ72641
こちらは潮来駅で撮ったと思います。途中、香取駅から十二橋へのカーブした築堤辺りで三段窓の中段の窓も上げて全開にしてみた記憶があります。

クハ79347
1955年製。鉄道ピクトリアルにこの写真の3か月前に我孫子駅で撮影された、正にこの車両の写真が掲載されていました。

千ツヌは総武線の黄色い101系電車区だと思っていたので、何か意外な気がして配置区標記を撮ったのだと思います。

こちらの車両は、この写真を撮った翌月1976年9月に廃車になっていました。

そして時は流れて40年後、同じ佐原駅0番線の209系電車です。