早朝、西武園駅1番線に一晩留置されていた国分寺線用2000系6両編成です。
2025年8月、まだ菱形パンタが健在です。この編成は戸袋窓が小さいタイプです。
夜間留置の間、輪止めが使われていました。
普段、1番線は臨時列車以外では使用されていません。
朝のラッシュ前には回送されていくのでしょう。
同じ2053編成が国分寺駅に到着するところです。
今時、菱形ダブルパンタが珍しい感じです。
早朝、西武園駅1番線に一晩留置されていた国分寺線用2000系6両編成です。
2025年8月、まだ菱形パンタが健在です。この編成は戸袋窓が小さいタイプです。
夜間留置の間、輪止めが使われていました。
普段、1番線は臨時列車以外では使用されていません。
朝のラッシュ前には回送されていくのでしょう。
同じ2053編成が国分寺駅に到着するところです。
今時、菱形ダブルパンタが珍しい感じです。
2025年5月31日(土)運用初日のサステナ車両、西武8000系電車です。
この日、8000系電車は東村山発05:04の国分寺行き初電から運用に入っていました。05:41発のこの列車は国分寺で折り返して来た、東村山発3本目の電車です。
2023年10月5日の横瀬行きラストラン乗車ツアーで引退した2031編成クハ2031です。1987年(昭和62年)の製造から36年、2006年の更新工事から17年でした。
国分寺駅5番線ホームにて運転台を見たところです。間もなく出発します。
しばらく中央線と並走した後に右へカーブし、国分寺起点0.9km地点から1.3kmの恋ヶ窪駅までは羽根沢信号所の複線区間になっています。こうして見ると結構、上下の起伏があります。
武蔵野線小平トンネル入り口の覆土部分を乗り越える為に山型の線形になっていますが、元々国分寺線が先にあったのに、いったいどうやって工事したのだろうと思います。
恋ヶ窪駅構内までが複線区間です。
2031編成と2409編成が運用に入っていた日、天気が良いので恋ヶ窪から鷹の台まで久しぶりに歩く事にしました。
上り国分寺行きです。
ところが恋ヶ窪駅で列車交換したクモハ2409先頭の列車が来た時には日が陰ってしまいました。
タイミングが悪かった様です。
この辺り、架線柱が交換され、アングル1本ビームから伝統的な組みアングルタイプに変わりました。
国分寺駅の西側で中央線・西武国分寺線の線路を跨ぐ道路橋です。
花沢橋です。
西国分寺側から見たところです。
前パンクモハ2409を先頭にした国分寺線下り電車です。
中央線は複線、国分寺線は単線です。
中央線上り電車が来ました。
下り特急E353系電車です。
国分寺線上り電車が到着しました。
国分寺駅方向です。中央線は快速と特別快速の緩急接続の為に2面4線、国分寺線ホームは島式1面2線化出来るスペースがありますが、おそらくずっと1面1線のままの様です。
昔の中央線ホームは1面2線で別に下河原線ホームがありました。見た事のないクモハ40単行とか東京競馬場行きの臨時101系電車を思い浮かべてみます。
子供の頃、自転車でやってきて、多摩湖線のカーブした短いホームを見て満足し、ここまで来ずに帰った覚えがあります。
恋ヶ窪駅です。国分寺行き新2000系4連+初期型2連、後追いです。
折り返し東村山行きがやってきました。ちょっと不自然な勾配は武蔵野線の小平トンネル入り口を真下に建設した際に国分寺線の線路を少し嵩上げしたのではないかと思われます。
逆光で真っ暗だった正面を無理に明るくしてみました。下り東村山行きです。
クモハ2409とクハ2410です。
上り国分寺行きと交換します。
新2000系も少しずつ廃車が進んでいる様です。
鷹の台方向です。
次の国分寺行き新2000系更新車が来ました。
国分寺線は日中、必ず小川駅で列車交換があります。国分寺行き最後尾はクモハ2409でした。
次の列車交換時、東村山行きは2031編成でした。
国分寺から戻ってきた2409編成と東村山から戻って来た2031編成です。
2031編成が引退し、残りの2000系初期型は2両編成3本だけになりました。
グローブベンチレーター、野球ボール西武マーク付きの2409編成です。
本線から切断されて残されていた貨物側線跡は自転車置き場になり、その向こう側には大きな建物が出来る様です。