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2026年6月3日水曜日

寺前ー生野(播但線)キハ41

寺前付近では播但線の西側を走る兵庫県道404号長谷市川線と39号一宮生野線を通り、生野に向かいます。

寺前から1km程北に行ったところで、線路の東側に行って上り列車の写真を撮ることにしました。

寺前行きディーゼルカーが来ます。

線路脇の小さな木に被られました。

異形のキハ40系気動車キハ41です。初めて見ました。

1998年から1999年にかけて両運転台化改造を受けてからもう25年経ちます。

県道に戻り、先にすすみます。やがて長谷駅を過ぎ、播但線の線路の下をくぐって、しばらく行ったところです。

まだ下り列車が来るのに少し時間があるのでもう少し先に行く事にしました。

下垣内踏切です。

長谷方向です。

生野方向です。

市川支流の栃原川が市川に合流する手前にある鉄橋が見えます。ここで写真を撮る事にしました。

ススキの向こうからキハ41がやってきました。

通り過ぎて行きます。

150メートル程生野寄りに進んだところにある真名谷踏切です。1959年、C54逆機回送運転中に生野トンネル内で煙にまかれて乗務員の方が窒息し、生野駅からの下り勾配をそのまま走り続けた列車がこの辺りで脱線転覆事故した事故があり、近くに弔魂碑があるそうです。ご冥福をお祈り致します。

更に2km程進んだところにある下市川橋りょうです。生野駅までもう少しです。


2026年5月28日木曜日

寺前駅(播但線)午前

 寺前駅です。午前中は光線の加減で駅の写真が撮りづらい時間帯です。(結局、この日の午後に和田山からディーゼルカー乗車を楽しみながらもう一度来ました。)

電化区間と非電化区間の乗り継ぎ駅でみどりの窓口があります。

特急列車はすべて駅舎寄りの3番線に停車します。

うみやまむすび号です。この車両は翌朝の寺前発城崎温泉行きの運用に入っていました。

1998年播但線電化時に、改造から40年使える40N体質改善工事を行った103系3500番台です。全電動車ですが、お金をかけて改造したのでまだまだ使用されるのかもしれません。

改造で少し雰囲気は変わっていますが、103系電車とキハ40ディーゼルカーが見られる寺前駅はなかなか良い感じです。


2026年4月30日木曜日

和田山駅(山陰本線・播但線)

 和田山(わだやま)駅、兵庫県朝来市和田山町東谷、標高70メートルです。

4番線に山陰本線福知山行き電車と5番線に播但線寺前行きディーゼルカーが停車中です。

2024年6月から運転されている113系復刻福知山色2両編成でした。

5両が鷹取工場で改造され、主に播但線で活躍するキハ41 2000番台です。

増設側運転台です。

鉄筋コンクリート建ての駅舎は1976年に改築されたものです。

2階部分が改札口・待合室・執務室になっています。

駅前は広いロータリーになっています。

駅に向かって左手に和田山駅前公園がありました。竹田城の石垣のオブジェがあります。

短い線路とレンガ機関庫風四阿があります。

駅の北側にレンガが見えます。

養父・豊岡方から特急列車が近づいてきます。

1番線に入ってきたのは289系電車上り特急きのさき京都行きです。

2番線には下り特急きのさき城崎温泉行きが入って来ました。こちらは287系電車です。特急電車同士の交換です。

出発して行きました。

播但線ホーム5番線横の側線には使われているかどうか分かりませんが給油施設がありました。

養父・豊岡方面です。

山陰本線梁瀬・福知山方向、播但線竹田方向です。

給水塔とレンガ建て機関庫です。機関庫の屋根は是非修復してあげて欲しいところです。

なんと嬉しい事にトワイライトエクスプレス瑞風がやってきました。

山陽・山陰周遊コース3日目の運行の様です。

終着駅は京都です。

次の播但線ディーゼルカーは駅メモ!ラッピング車でした。

キハ40 2008です。

4番線に下り城崎温泉行きが来ました。

1番線には普通列車の福知山行きです。


2026年4月23日木曜日

和田山-寺前(播但線)車窓

 和田山駅から寺前駅まで列車で行く事にしました。播但線は標高70メートルの和田山駅から円山川の上流に向かって、標高99メートルの竹田駅、125メートルの青倉駅、そして152メートルの新井駅と徐々に登って行きます。

その先は更に勾配がきつくなり、標高152メートルの新井駅から標高306メートルの生野駅までの駅間8.3kmに約15分間かかかりました。

キハ40はエンジンを唸らせながら、時速30km/h位でゆっくりゆっくりと進んでゆきます。

蒸気機関車時代から寺前-新井間では補機が使用され、1960年からはDF50、1969年から1972年の無煙化まではDD54が蒸気機関車列車の補機として使用されました。

分水嶺の生野北峠を生野トンネルで抜けると播但線で標高が一番高い生野駅です。貨物の量によっては補機が生野で切り離される事もあった様です。

生野駅を過ぎると1km少々はほぼまっすぐで平坦です。途中で左手から市川の流れが近づいてきます。

やがて山間部に入ると生野駅から長谷駅までの間に播但線はくねくねと曲がって流れる市川を5回鉄橋で渡りながら、徐々に高度を下げて行きます。

神河(かみかわ)町に入りました。長谷駅手前の下垣内踏切付近です。このすぐ下流で右側から栃原川が合流します。

こちらは昼前に自動車で通った時に見た栃原川橋梁です。

間もなく長谷駅です。長谷駅は標高224メートルでした。

少しずつ谷間が広がって平地になって行きます。

寺前駅はもうすぐです。

和田山-寺前間36.1kmをキハ40は56分かけて走りました。