2026年4月24日金曜日

青梅街道駅(西武多摩湖線)2026年 春

 青梅街道駅です。駅のすぐ横で青梅街道と交差しています。

国分寺方向です。

小さな駅舎です。

古い西武線字体の駅名標です。

国分寺行きが来ました。駅の裏手の雑木林がすっかりなくなって分譲住宅が建てられていました。

ホームの萩山寄りが更新されていました。

雑木林がなくなって木造で良い雰囲気の建物が見える様になりました。

萩山行きが来ました。

ちょっと前の様子はこちらです。⇒青梅街道駅 以前の姿

2026年4月23日木曜日

和田山-寺前(播但線)車窓

 和田山駅から寺前駅まで列車で行く事にしました。播但線は標高70メートルの和田山駅から円山川の上流に向かって、標高99メートルの竹田駅、125メートルの青倉駅、そして152メートルの新井駅と徐々に登って行きます。

その先は更に勾配がきつくなり、標高152メートルの新井駅から標高306メートルの生野駅までの駅間8.3kmに約15分間かかかりました。

キハ40はエンジンを唸らせながら、時速30km/h位でゆっくりゆっくりと進んでゆきます。

蒸気機関車時代から寺前-新井間では補機が使用され、1960年からはDF50、1969年から1972年の無煙化まではDD54が蒸気機関車列車の補機として使用されました。

分水嶺の生野北峠を生野トンネルで抜けると播但線で標高が一番高い生野駅です。貨物の量によっては補機が生野で切り離される事もあった様です。

生野駅を過ぎると1km少々はほぼまっすぐで平坦です。途中で左手から市川の流れが近づいてきます。

やがて山間部に入ると生野駅から長谷駅までの間に播但線はくねくねと曲がって流れる市川を5回鉄橋で渡りながら、徐々に高度を下げて行きます。

神河(かみかわ)町に入りました。長谷駅手前の下垣内踏切付近です。このすぐ下流で右側から栃原川が合流します。

こちらは昼前に自動車で通った時に見た栃原川橋梁です。

間もなく長谷駅です。長谷駅は標高224メートルでした。

少しずつ谷間が広がって平地になって行きます。

寺前駅はもうすぐです。

和田山-寺前間36.1kmをキハ40は56分かけて走りました。


2026年4月22日水曜日

寄居駅(秩父鉄道)デキ302 下り貨物列車

 寄居駅3番線に停車していた下り貨物列車です。機関車のヘッドライトが点灯しました。

ゆっくりゆっくりと出発します。

1967年製デキ302です。東京オリンピックの際に水色に塗り替えられましたが、標準色に戻っています。

山に向かう貨物列車なので空車だと思いますが、積荷の石灰石が残っている様にも見えます。

走り去って行きました。