親不知駅、標高11メートルです。
この日は大糸線沿線に行った後、翌日から予定していた、えちごツーデーパスでのトキ鉄駅巡りのスケジュールに余裕を持たせる為、親不知駅まで往復する事にしました。
泊行きディーゼルカーで到着しました。
出発して行きます。
とても幅の狭い島式ホーム1面2線です。
高速道路の向こうに海が見えます。
構内には側線跡が残っています。
駅本屋は事務所部分が2階建てになっています。
貨物取扱いは1977年に廃止されましたが、それまでは信越化学工業の専用線があって黒井、武生に石灰石を積みだしていたそうです。
ホームと本屋との間の行き来は構内踏切でした。
屋根が低くて、構内踏切の遮断桿が当たって斜めに止まっている様に見えます。
駅入り口です。
財産標には大正1年(1912年)6月と書かれています。泊-青海間開業の数か月前です。
駅本屋は2023年に登録有形文化財に指定されました。
こちらは有形文化財ではない様ですが、駅本屋と同時に建てられた雰囲気もあります。
ここ親不知駅には40年近く前、1986年のGWに訪れた事があります。
手元に残っている小型時刻表のその時乗った列車の時刻に線が引いてありました。立川23:53発急行アルプス9号南小谷行きで4:13に松本で下車し、駅構内の山小屋っぽい喫茶店に入った気がします。松本発06:48の信濃大町行きで07:46に信濃大町着、次に信濃大町を08:34に出る松本発南小谷行きで09:43に南小谷に到着後、09:55発のディーゼルカーで10:47に糸魚川に着いた様です。写真は一切撮っていませんが、花粉症なのでずっと結構辛かった気がします。
その後、糸魚川11:01発の列車で親不知に11:14に到着しました。赤い車体にクリーム色の寝台電車改造車が印象に残っています。登場から間もない頃だった様です。天気は曇りで海岸まで歩いて行き、建設中の高速道路の高架橋を見ました。駅舎の事は全く覚えていません。親不知12:10発の直江津行きで13:15に直江津に着きました。
駅前のパチンコ屋で羽根物の台を打ったら珍しく出て、帰りは特急で帰る事にしました。直江津15:24発のあさま24号は長野までしか印が付いていませんが、おそらく上野まで乗ったのだと思います。
181系電車だったとずっと思っていたのですが、ちょっと違うかも知れません。
さて話が大分脱線しましたが、ホームに戻ります。市振方向です。
青海方向です。
この日はずっと列車を待つ時間が長く、そろそろ飽きて来たのですが、まだまだ日は高いので、糸魚川に戻らずにもう一駅、市振まで行く事にしました。
そろそろ直江津行きディーゼルカーが来る時間です。
やっぱりこれに乗って糸魚川に帰ろうかという気持ちも一瞬頭をよぎりました。
でもやっぱり見送りました。
次の泊行きまで時間を潰します。
やって来ました。
市振までは8.6km7分です。