2026年9月21日月曜日

東青梅駅(青梅線)棒線化後

 東青梅駅北口です。小平・花小金井、青梅エリア各所への都営バスが出ている他、飯能駅行きの西武バスが出ていますが、本数は少ないです。

駅の上下方向共にホームから直ぐの場所に踏切があり、島式ホーム1面2線のままでは延伸出来ない為、12両編成化に備えて2023年5月に棒線化されました。

単純に下り線を撤去してホームが延長されました。

南口です。線路が1本なくなっただけで橋上駅舎は以前のままです。

利用客も列車本数が殆ど変わらないのであれば、特に問題はないのでしょう。

南口の交番も以前のままです。

南口からは河辺駅行きの西東京バスが出ています。

上り河辺駅寄りの踏切です。こちらはホームを伸ばしていない様です。

東青梅駅手前で上下線が合流します。

下り青梅行き電車が来ました。

青梅線内の列車は10両編成も残っている様です。

駅西側、青梅寄りの踏切です。こちら側のホームが延長されていました。

⇒棒線化前の様子(2020年12月)はこちら

2026年9月20日日曜日

下山口-西武球場前(西武狭山線)西所沢10号踏切

 西所沢10号踏切です。下山口-西武球場前間ですが、踏切番号は西所沢からの通し番号になっています。

西武球場方向です。

下山口方向です。

西武球場前行きがきました。踏切障害検知装置がばっちり前面にかかってしまいました。

7106編成
走り去って行きました。

以前の新2000系・新101系はこちらです。⇒上山口駅跡


2026年9月19日土曜日

東吾野駅(西武池袋線)駅周辺散歩

 東吾野第1号踏切です。

東吾野駅から吾野駅に向かって最初の踏切でした。

東吾野駅構内、ホーム端ギリギリのところにあります。

1970年11月に廃止されるまで貨物輸送が行われていました。”団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記”様の貴重な1960年代の西武鉄道の貨物列車写真を拝見しながら、どんな貨物が扱われていたのか想像してみましたが、おそらく東吾野発着の貨物は少なかったのではと思います。

駅裏から見たところです。ホームがきれいに補修されていました。

大木の下に小さな祠があります。

もう少し歩くと吾野原木センターがあります。

飯能市を中心に日高市・毛呂山町・越生町からなる江戸時代から有名なスギ、ヒノキの名産地、西川地区からの原木が集まるそうです。

建物です。

武蔵横手駅寄り最初の踏切、高麗第13号踏切です。

駅構内を見たところです。

武蔵横手方向です。踏切からすぐのところに第6高麗川橋梁があります。左側が上流です。

駅裏手に戻って来ました。

下り西武秩父行き電車が1番線に入って来ました。

2番線を上り特急電車が通過して行きます。

比較的ゆっくりした速度で通過して行きました。

下り電車が出発して行きます。

駅から500メートル程離れた国道299号線沿いにある東吾野郵便局です。


2026年9月18日金曜日

東吾野駅(西武池袋線)

 東吾野駅です。1929年の開業時には虎秀(こしゅう)駅といったそうですが、1933年に東吾野駅に改称されました。飯能市虎秀は東吾野駅から高麗川を渡った先の地名で、東吾野駅の所在地は飯能市平戸です。


右が1983年築の駅舎で、左は公衆トイレです。

島式ホーム1面2線の駅です。手前の1番線、奥の2番線共に上下方向に出発可能でした。

上り飯能行き各駅停車が来ました。

交換する下り特急ちちぶが通過して行きます。

4000系とラビューの組み合わせもあまり長くない様です。

飯能行きが発車しました。

トップナンバー編成です。

走り去って行きました。飯能まで4駅。概ね15分から20分位です。

地理院地図で見ると、駅の標高は132~133メートルでした。

2024年の乗降人員は西武鉄道92駅中88位、477人です。2023年3月に無人化されました。

2026年9月17日木曜日

武蔵小杉駅(東急東横線)東急バスTA706 他

 武蔵小杉駅前でちょっと古いタイプの東急バスが停まっていたので、写真を撮っておきました。

詳しい方のHPを見ると、高津営業所・2006年式・日産ディーゼル スペースランナー 西日本車体工業製だそうです。

20年選手です。もう引退が近いのかも知れません。

こちらは川崎臨港バスです。

こちらは川崎臨港バスで2023年から導入されているEVバスです。新しいカラーリングになっています。

(2026年8月)