坂下南小前の停留所で柳津駅から乗ったバスを降りました。駅まで歩いて200~300mです。
会津坂下(あいづばんげ)駅です。1926年開業です。会津盆地の中央部西側に位置しています。標高180mです。
駅前にはJR東日本のパトカーが停まっていました。
丸ポストがあります。ウチの方で見かけるものはオレンジ色ですが、こちらの色は赤です。
歩いて来た道を振り返ったところです。
駅舎に向かって右手にある歩道橋から西側を見たところです。
駅側を見たところです。
昔から雑誌やインターネットで何度も見た風景です。C11が活躍して正面の農業倉庫の前にワフが2両位停められている姿を見た気がします。
駅に入りました。
上下ホームは互い違いに設置されています。
構内踏切の階段には跳ね上げ式の蓋が付いていました。
下りホームから駅舎を見たところです。
上りホームの向こう側には除雪モーターカーが停まっていました。
ローカル線の駅らしい良い風景です。
駅舎脇に古い倉庫がありました。
ホーム上の駅名標です。
上り列車が来ました。雪が強くなってきました。
会津若松に向けて出発しました。
2020年4月4日土曜日
2020年3月30日月曜日
会津若松駅(磐越西線・只見線)キハ40
会津若松駅です。マピオン地図だと標高213mです。
喜多方行きの2両編成普通列車です。先頭のキハ40 2086は灰色Hゴムでした。
高崎から水郡線、新庄、再び水郡線、更にもう一度新庄に行ってから、小牛田に移って15年以上活躍した後、最後に只見線に来た車両でした。屋根上にクーラーが見えませんが、床下設置型の冷房機が付いていた様です。
2両目はロングシートのキハ40 582です。
登場以来35年余りを新潟地区で過ごした後、最後に只見線に来た車両でした。
喜多方から3両編成の普通列車が到着しました。先頭はキハ40 2021です。
2両目はキハ40 526でした。こちらは八戸で15年余り、その後、新津で20年程過ごした後、只見線に来た車両でした。
そして3両目はキハ40 572です。小牛田を振出しに山形、新庄、そして再び小牛田で20年余りを過ごした後、只見線に来ました。
駅前に飾られているC57の動輪です。
貨物列車は来なくなりましたが、貨物駅はオフレールステーションとして残っていました。
構内は広く規模が大きく見えますが、郡山との間のトラック便は1日2往復だそうです。
駅入り口です。青空が見えているものの、レンズ右上に雪粒の直撃を受けています。
15年以上前の写真がありました。駅舎の屋根に日本酒等の看板があって今よりも賑やかな感じです。白虎隊の銅像は当時からありました。駐車しているゴルフ2やプリメーラ、スカイラインがとても懐かしい感じです。
構内には新津のキハ47が停まっていました。手前がキハ47 512、向こう側がキハ47 513の500番台同士の2両編成です。
跨線橋から郡山、喜多方方向を見たところです。
1・2番線とその間の中線は行き止まりになっています。
只見線の気動車が入換中です。午前中に見かけたキハ40 2021です。
もう1両のキハ40 526とは水タンク側同士が連結されていました。
洗浄線で休むE721系電車です。
こちらのキハ47は朝からずっと止まっていました。
入換をしていたキハ40の2両編成が喜多方方向から4番線に入線してきました。
午後一番の会津川口行き普通列車になります。会津川口までは1時間50分程かかります。
この列車に乗って郷戸駅まで行きました。→郷戸駅
夕方になりました。途中いろいろあって右側4番線に到着したキハ40 526で会津若松に戻って来ました。左側の3番線には会津坂下行きの4両編成が停まっています。最後尾はキハ40 571でした。こちらもキハ40 572とほぼ同様の車歴の様です。
会津坂下行きの先頭は朝方見かけたキハ40 582、2両目は一緒だったキハ40 2086、そして3両目は朝の喜多方からの3両編成の最後尾に繋がれていたキハ40 572、そして最後尾がキハ40 571でした。
喜多方行きの2両編成普通列車です。先頭のキハ40 2086は灰色Hゴムでした。
高崎から水郡線、新庄、再び水郡線、更にもう一度新庄に行ってから、小牛田に移って15年以上活躍した後、最後に只見線に来た車両でした。屋根上にクーラーが見えませんが、床下設置型の冷房機が付いていた様です。
2両目はロングシートのキハ40 582です。
登場以来35年余りを新潟地区で過ごした後、最後に只見線に来た車両でした。
喜多方から3両編成の普通列車が到着しました。先頭はキハ40 2021です。
2両目はキハ40 526でした。こちらは八戸で15年余り、その後、新津で20年程過ごした後、只見線に来た車両でした。
そして3両目はキハ40 572です。小牛田を振出しに山形、新庄、そして再び小牛田で20年余りを過ごした後、只見線に来ました。
駅前に飾られているC57の動輪です。
貨物列車は来なくなりましたが、貨物駅はオフレールステーションとして残っていました。
構内は広く規模が大きく見えますが、郡山との間のトラック便は1日2往復だそうです。
駅入り口です。青空が見えているものの、レンズ右上に雪粒の直撃を受けています。
15年以上前の写真がありました。駅舎の屋根に日本酒等の看板があって今よりも賑やかな感じです。白虎隊の銅像は当時からありました。駐車しているゴルフ2やプリメーラ、スカイラインがとても懐かしい感じです。
構内には新津のキハ47が停まっていました。手前がキハ47 512、向こう側がキハ47 513の500番台同士の2両編成です。
跨線橋から郡山、喜多方方向を見たところです。
1・2番線とその間の中線は行き止まりになっています。
只見線の気動車が入換中です。午前中に見かけたキハ40 2021です。
もう1両のキハ40 526とは水タンク側同士が連結されていました。
洗浄線で休むE721系電車です。
こちらのキハ47は朝からずっと止まっていました。
入換をしていたキハ40の2両編成が喜多方方向から4番線に入線してきました。
午後一番の会津川口行き普通列車になります。会津川口までは1時間50分程かかります。
この列車に乗って郷戸駅まで行きました。→郷戸駅
夕方になりました。途中いろいろあって右側4番線に到着したキハ40 526で会津若松に戻って来ました。左側の3番線には会津坂下行きの4両編成が停まっています。最後尾はキハ40 571でした。こちらもキハ40 572とほぼ同様の車歴の様です。
会津坂下行きの先頭は朝方見かけたキハ40 582、2両目は一緒だったキハ40 2086、そして3両目は朝の喜多方からの3両編成の最後尾に繋がれていたキハ40 572、そして最後尾がキハ40 571でした。
2020年3月9日月曜日
郷戸駅(会津線)
会津若松を出発した列車は少し青空が覗いた会津盆地を進みます。この後、会津坂下駅で降りてからバスで会津柳津駅に向かい、夕方の上り列車で会津若松に戻るつもりでした。
寝過ごしました。気が付いたら列車は時速30km位で坂道を喘ぎながら登っています。会津坂下も会津柳津も通り過ぎていました。慌てて次の駅で降りました。
結構、雪が降っています。
列車はすぐに出発して行きました。
降りたのは会津柳津駅の次の郷戸駅でした。カプセル型簡易駅舎です。
マピオン地図だとこの駅の標高は258メートルです。
見たかった駅を2駅共、通り過ぎてしまいました。不覚の寝過ごしでした。
寝過ごしました。気が付いたら列車は時速30km位で坂道を喘ぎながら登っています。会津坂下も会津柳津も通り過ぎていました。慌てて次の駅で降りました。
結構、雪が降っています。
列車はすぐに出発して行きました。
降りたのは会津柳津駅の次の郷戸駅でした。カプセル型簡易駅舎です。
マピオン地図だとこの駅の標高は258メートルです。
見たかった駅を2駅共、通り過ぎてしまいました。不覚の寝過ごしでした。
2020年3月8日日曜日
郷戸-会津柳津(只見線)一駅散歩
郷戸駅で次の上り列車まで約2時間待っている訳にもいかないので、会津柳津駅まで歩く事にしました。駅間3.6km。柳津で次の坂下行きバスに乗るには余裕で間に合いそうです。歩き始めてすぐ、郷戸駅を振り返って見たところです。
只見川の対岸に家々が見えます。
良い感じの赤いトタン屋根の民家が並びます。
国道252号線はそれほど車の通行量が多くない感じでした。
護岸が苔むしたこちらの川は竜蔵川という名前の様です。
蔵のある立派なお屋敷があります。
柳津町役場です。
この辺りには町の中心らしくスーパーマーケットがあります。
この先、国道252号線は大きな鉄橋で只見川を右岸から左岸、そして再び右岸へと2回渡ります。1本目の橋です。
上流側を見たところです。
下流側です。日本三大虚空蔵尊のひとつ、福満虚空蔵尊圓蔵寺が見えます。柳津虚空蔵尊ともいうそうです。
2本目の橋です。再び只見川を渡ります。
上流側です。地図を見るとこの辺りで数本の川が合流しています。
この町並みの向こう側辺りに会津柳津駅がある筈です。
道路案内板がありました。
駅への道路入り口には赤べこの看板が立っていました。
少し戻る様な感じで会津柳津駅に着きました。約3.5km、およそ50分かかりました。駅前にC11が保存されています。
只見川の対岸に家々が見えます。
良い感じの赤いトタン屋根の民家が並びます。
国道252号線はそれほど車の通行量が多くない感じでした。
護岸が苔むしたこちらの川は竜蔵川という名前の様です。
蔵のある立派なお屋敷があります。
柳津町役場です。
この辺りには町の中心らしくスーパーマーケットがあります。
この先、国道252号線は大きな鉄橋で只見川を右岸から左岸、そして再び右岸へと2回渡ります。1本目の橋です。
上流側を見たところです。
下流側です。日本三大虚空蔵尊のひとつ、福満虚空蔵尊圓蔵寺が見えます。柳津虚空蔵尊ともいうそうです。
2本目の橋です。再び只見川を渡ります。
上流側です。地図を見るとこの辺りで数本の川が合流しています。
この町並みの向こう側辺りに会津柳津駅がある筈です。
道路案内板がありました。
駅への道路入り口には赤べこの看板が立っていました。
少し戻る様な感じで会津柳津駅に着きました。約3.5km、およそ50分かかりました。駅前にC11が保存されています。
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