安部(あべ)駅です。1930年の若桜線の開通から少し遅れて1932年に開業しました。男はつらいよロケ地です。
駅すぐ横の安部踏切です。
隼・郡家方向を見たところです。
妻入りの小柄な駅舎です。駅舎には理容室が入居しています。
駅本屋とは別にホーム上に待合室がありました。
駅は標高82メートルです。
所在地は鳥取県八頭郡八頭町日下部。駅名を争った八東川の対岸にある安井宿地区と一文字ずつ取った駅名になったそうです。
河原(かわはら)駅です。
所在地は鳥取県八頭郡八頭町国中字萩原、鳥取駅から14.1kmです。元の駅舎は1977年に焼失して、現在の駅舎は地元で建て直したものだそうです。なのでちょっとだけ、集会所っぽい外観です。
北側に200メートル少々行ったところには八東川が流れており、左手に2km少々行ったところで千代川に合流します。
智頭方向です。この先、左に約90度カーブして国英駅に向かいます。
元は島式ホームだった様ですが、今は1面1線です。
ホームから駅舎を見たところです。
上り鳥取行きの列車が来ました。
4両編成です。
乗車客は1人、降車はゼロでした。
この先、郡家駅に向かって左に約90度カーブします。
待合室付きのホーム上屋です。
美作加茂(みまさかかも)駅、所在地は岡山県津山市加茂町桑原、1928年に開業しました。現駅舎は2003年に建てられたそうです。
東津山(ひがしつやま)駅、所在地は岡山県津山市川崎、標高91メートルです。開業以来の駅舎ですが、さいきの駅舎訪問によれば、左半分は2000年頃に減築されたそうです。
姫新線の駅でここから因美線が分岐しますが、因美線の列車はすべて津山まで乗り入れます。
津山方向です。700メートル程先で吉井川を渡ります。
2面3線の駅ですが、旅客用には1・2番線のみ使われ、3番線は保線車両が使う様です。
かつては住友大阪セメントの包装所への側線があったそうです。
まっすぐ行くのが因美線、右に分岐するのが姫新線です。因美線津山ー美作加茂が1928年に開業したのに対して、姫新線前身の姫津西線東津山ー美作江見間開業は1934年でした。
岡山県中央部の交通の要衝、津山(つやま)駅です。
姫新線と津山線が乗り入れ、因美線直通列車も発着します。
駅前には広いロータリーがあります。
駅前にC1180が保存されていました。サイドタンクが小さい初期型で好みのタイプです。
歩行者シェルターが充実していますが、駅舎がよく見えません。
津山駅中心に運行されている中鉄バス子会社の中鉄北部バスです。親会社は津山線・吉備線を運行していた中国鉄道が出自です。
構内のキハ47が見えます。
2面4線のホームは駅舎側の1番線から順に番号が振られています。
1・2番線は姫新線(因美線直通を含む)、3・4番線は津山線のホームになります。
津山運転区が見えます。
津山線はキハ47が主力ですが、キハ120も一部、使用されています。
1・2番ホームから駅舎を見たところです。
キハ120が運転区に向かって入れ替え中です。
4番線の岡山行きです。側面サッシが交換されていますが、前からみたところは登場時の雰囲気のままのキハ47です。
3番線の列車も岡山行きになっていますが、到着列車だと思います。ヘッドライトはLEDタイプに交換されていますが、見た目は気になりません。
扇形庫から手前の留置線に出てきていたキハ58が良い感じです。
この岡山行きで福渡まで行く事にしました。キハ47に乗る最後の機会かもしれませんが、今のところ、新型電気式ディーゼルカー(DEC700?)への置き換え計画はまだ決まっていないそうです。
2番ホームのキハ120です。1992年から1996年に製造されてから30年前後経ちますがリニューアル工事されてまだまだ活躍するのでしょう。
福渡と亀甲に行ってから夕方に戻ってきました。3番線に中国勝山行きのキハ40単行が停まっています。
夕方になって、1番線に帯の色が違うキハ120×2両編成が停まっていました。運休中の美祢線用の車両を借り入れている様です。
2024年9月28 日~11 月24日にかけて岡山県北部の12市町村が開催した「森の芸術祭 晴れの国・岡山(以下、森の芸術祭)」に合わせて平日1往復、休日2往復運転されていた”快速 森の芸術祭ライナー”でした。もちろん運転停車はあったと思いますが、岡山-津山間を途中無停車で1時間20分から1時間半前後で走っていました。結構混んでいて立客の方は大変そうです。
翌朝、宿泊したホテルから見た駅全景です。