埼玉県道55号線沿いに商業施設や飲食店が増えて来ました。
山口城址です。今は石碑と小さな盛り土があるだけですが、結構広かった様です。
小さな水路を跨ぐ開渠です。
線路脇の水路が古コンクリート枕木で塞がれていました。
下り電車が来ました。
児泉橋から見た柳瀬川上流方向です。
下流側です。
山口城址通りの踏切を上り電車が通りました。この時間帯は1本の電車がずっと行ったり来たりしています。
埼玉県道55号線沿いに商業施設や飲食店が増えて来ました。
山口城址です。今は石碑と小さな盛り土があるだけですが、結構広かった様です。
小さな水路を跨ぐ開渠です。
線路脇の水路が古コンクリート枕木で塞がれていました。
下り電車が来ました。
児泉橋から見た柳瀬川上流方向です。
下流側です。
山口城址通りの踏切を上り電車が通りました。この時間帯は1本の電車がずっと行ったり来たりしています。
西武園駅横にある東村山9号踏切です。
東村山からの電車が到着しました。
東村山8号踏切を渡った先は八国山緑地です。
緑地内を歩いて行きました。
東村山7号踏切を渡ると小学校の裏手を歩いて行きます。正面のアカマツの木は枯れかかっていました。
北山公園に出ます。田植えの準備が進んでいました。
公園南側の雑木林が半分位になってしまっています。
西武園線の電車が通り過ぎました。
新井(にい)駅、所在地は兵庫県朝来市新井です。旧朝来郡朝来町の玄関駅ですが、2024年の1日の乗車人員は104人だそうです。
1901年(明治34年)播但鉄道生野から当駅までの延伸時に終着駅として開業。山陽鉄道を経て1906年に国有化されました。駅舎と1番乗り場の上屋は開業時からのものだそうです。
今は2面2線の駅ですが、1957年までは養父市の明延鉱山の選鉱所、神子畑選鉱所と当駅の間に鉱山鉄道が引かれていたそうです。
懐かしい駅の風景~線路配線図とともにブログを拝見すると、貨物を扱っていた当時は和田山方に貨物側線があった他、写真を撮っている位置にやや変則的な専用線ホームがあり、3番線とその外側の側線は貨車留置用に使用されて、10トン貨車移動機が入換を行っていた様です。
駅入口です。標高69メートルの和田山から13.8kmの間に83メートル登って、新井は標高152メートルです。
標高306メートルの次の生野までは8.3kmの間に一気に154メートル登ります。
和田山方にある中川原踏切です。中川原はこの辺りの字名です。
駅方向です。
竹田・和田山方向です。