東吾野駅です。4017編成上り飯能行きがやってきました。
さっきまで晴れていたのですが、太陽が雲の影に隠れてしまいました。
画像編集でちょっと明るくしてコントラストを調整し、彩度もちょっとだけ上げています。
出発しました。クリーム色の帯がE851に比べると狭い雰囲気ですが、電車の塗色としては申し分ないアレンジです。
1969年10月14日開通の西武秩父線ですが、この秩父線55周年記念車両は2024年11月11日から走っていたそうです。
(2026年8月)東吾野駅です。4017編成上り飯能行きがやってきました。
さっきまで晴れていたのですが、太陽が雲の影に隠れてしまいました。
画像編集でちょっと明るくしてコントラストを調整し、彩度もちょっとだけ上げています。
出発しました。クリーム色の帯がE851に比べると狭い雰囲気ですが、電車の塗色としては申し分ないアレンジです。
1969年10月14日開通の西武秩父線ですが、この秩父線55周年記念車両は2024年11月11日から走っていたそうです。
(2026年8月)東飯能4号踏切です。道路は「駅前通り」で飯能駅(手前側)から約700メートルのところです。
飯能駅側からバスが来ました。
国際興業バスです。
こちらはイーグルバスです。
E851は車体が軽快に見える様、裾の部分が黒く塗られていましたが、4000系電車でもそれが再現されています。
走り去って行きました。
3分後位に上り特急ちちぶが来ました。
飯能までシートは後ろ向きです。(空いていたら向きを変えたいところですが。)
走り去って行きました。
西武池袋線高麗9号踏切です。
武蔵横手方向です。この踏切は武蔵横手-東吾野間にありますが、踏切番号は高麗駅からの連番でした。
東吾野方向です。
下り特急ちちぶ西武秩父行きが来ました。
通り過ぎてゆきました。
この日の天気予報は元々雨でしたが、結構、青空が見えます。
特急と東吾野で交換した上り各停飯能行きが来ました。E851カラーです。最初に見た時は茶色に見えた位だったのですが、肉眼よりも写真の方が赤く見えます。この日はデジカメがまさかの電池切れでスマホで撮りましたが、よく見ると電車の側面が変に流れて写っています...。
走り去って行きました。踏切の反対側から見たところです。
すぐにまた踏切が鳴り始めました。武蔵横手で先ほどの飯能行きと列車交換した下り西武秩父行きが来ました。
9月から秩父線でも7000系の運用が始まりました。4000系はいつまで活躍するのでしょうか。
東吾野第1号踏切です。
東吾野駅から吾野駅に向かって最初の踏切でした。
東吾野駅構内、ホーム端ギリギリのところにあります。
1970年11月に廃止されるまで貨物輸送が行われていました。”団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記”様の貴重な1960年代の西武鉄道の貨物列車写真を拝見しながら、どんな貨物が扱われていたのか想像してみましたが、おそらく東吾野発着の貨物は少なかったのではと思います。
駅裏から見たところです。ホームがきれいに補修されていました。
大木の下に小さな祠があります。
もう少し歩くと吾野原木センターがあります。
飯能市を中心に日高市・毛呂山町・越生町からなる江戸時代から有名なスギ、ヒノキの名産地、西川地区からの原木が集まるそうです。
建物です。
武蔵横手駅寄り最初の踏切、高麗第13号踏切です。
駅構内を見たところです。
武蔵横手方向です。踏切からすぐのところに第6高麗川橋梁があります。左側が上流です。
駅裏手に戻って来ました。
下り西武秩父行き電車が1番線に入って来ました。
2番線を上り特急電車が通過して行きます。
比較的ゆっくりした速度で通過して行きました。
下り電車が出発して行きます。
駅から500メートル程離れた国道299号線沿いにある東吾野郵便局です。
東吾野駅です。1929年の開業時には虎秀(こしゅう)駅といったそうですが、1933年に東吾野駅に改称されました。飯能市虎秀は東吾野駅から高麗川を渡った先の地名で、東吾野駅の所在地は飯能市平戸です。