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2026年10月5日月曜日

武蔵横手-東吾野(西武池袋線)001系電車・4000系電車

 西武池袋線高麗9号踏切です。

武蔵横手方向です。この踏切は武蔵横手-東吾野間にありますが、踏切番号は高麗駅からの連番でした。

東吾野方向です。

下り特急ちちぶ西武秩父行きが来ました。

通り過ぎてゆきました。

この日の天気予報は元々雨でしたが、結構、青空が見えます。

特急と東吾野で交換した上り各停飯能行きが来ました。E851カラーです。最初に見た時は茶色に見えた位だったのですが、肉眼よりも写真の方が赤く見えます。この日はデジカメがまさかの電池切れでスマホで撮りましたが、よく見ると電車の側面が変に流れて写っています...。

走り去って行きました。

踏切の反対側から見たところです。

すぐにまた踏切が鳴り始めました。武蔵横手で先ほどの飯能行きと列車交換した下り西武秩父行きが来ました。

9月から秩父線でも7000系の運用が始まりました。4000系はいつまで活躍するのでしょうか。


2026年9月19日土曜日

東吾野駅(西武池袋線)駅周辺散歩

 東吾野第1号踏切です。

東吾野駅から吾野駅に向かって最初の踏切でした。

東吾野駅構内、ホーム端ギリギリのところにあります。

1970年11月に廃止されるまで貨物輸送が行われていました。”団塊鉄ちゃん気紛れ撮影記”様の貴重な1960年代の西武鉄道の貨物列車写真を拝見しながら、どんな貨物が扱われていたのか想像してみましたが、おそらく東吾野発着の貨物は少なかったのではと思います。

駅裏から見たところです。ホームがきれいに補修されていました。

大木の下に小さな祠があります。

もう少し歩くと吾野原木センターがあります。

飯能市を中心に日高市・毛呂山町・越生町からなる江戸時代から有名なスギ、ヒノキの名産地、西川地区からの原木が集まるそうです。

建物です。

武蔵横手駅寄り最初の踏切、高麗第13号踏切です。

駅構内を見たところです。

武蔵横手方向です。踏切からすぐのところに第6高麗川橋梁があります。左側が上流です。

駅裏手に戻って来ました。

下り西武秩父行き電車が1番線に入って来ました。

2番線を上り特急電車が通過して行きます。

比較的ゆっくりした速度で通過して行きました。

下り電車が出発して行きます。

駅から500メートル程離れた国道299号線沿いにある東吾野郵便局です。


2026年9月18日金曜日

東吾野駅(西武池袋線)

 東吾野駅です。1929年の開業時には虎秀(こしゅう)駅といったそうですが、1933年に東吾野駅に改称されました。飯能市虎秀は東吾野駅から高麗川を渡った先の地名で、東吾野駅の所在地は飯能市平戸です。


右が1983年築の駅舎で、左は公衆トイレです。

島式ホーム1面2線の駅です。手前の1番線、奥の2番線共に上下方向に出発可能でした。

上り飯能行き各駅停車が来ました。

交換する下り特急ちちぶが通過して行きます。

4000系とラビューの組み合わせもあまり長くない様です。

飯能行きが発車しました。

トップナンバー編成です。

走り去って行きました。飯能まで4駅。概ね15分から20分位です。

地理院地図で見ると、駅の標高は132~133メートルでした。

2024年の乗降人員は西武鉄道92駅中88位、477人です。2023年3月に無人化されました。

2026年9月12日土曜日

武蔵横手駅(西武池袋線)2026年 夏

 武蔵横手駅です。

2023年3月から無人駅になりました。

2024年の武蔵横手駅1日平均乗降人員は241人で西武線92駅のうち90位、91位は僅差で西吾野駅(233人)、最下位92位は正丸駅(164人)でした。

構内踏切からホームまでは緩やかなスロープで結ばれています。

駅の南西側は120~150メートル先を高麗川が流れていますが、駅から見るとちょっとした原野の様です。


この辺りには以前、「ヤギの家」がありましたが、無人化で無くなったかも知れません。

上り飯能行き電車が来ました。

線路際に黄色い花が咲いています。(名前が分かりません)

構内踏切から見たところです。

ゆっくりと走り去ってゆきました。

サルスベリがピンクの花を咲かしていました。ここ武蔵横手駅と高麗駅の所在地は日高市になります。(次の東吾野駅は飯能市です。)